呼吸器疾患のトピックス

非小細胞肺癌患者におけるニボルマブの薬物動態モニタリングとその臨床応用
~肺癌に対する抗PD-1抗体治療中止後の治療効果持続メカニズムの一端を解明~

【はじめに】

近年、免疫チェックポイント阻害剤を用いたがん免疫療法の有効性が証明され、現在、肺癌や皮膚がんをはじめとして様々な癌種に治療適応が拡大されています。肺癌においては、従来の治療では考えられないような長期生存を得られる症例も認められており、最近では化学療法との併用治療も認可され、肺癌診療は劇的な変化を遂げています。この治療は非常に強力な治療である反面、限られた患者のみに治療効果が認められることや、免疫療法ならではの特徴的な副作用を起こすことなど、解決すべき課題が山積みになっています。そのため、個々の症例で抗PD-1抗体に代表される免疫チェックポイント阻害剤の体内薬物動態をモニタリングし、治療の効果予測や副作用のマネジメントを行うことは非常に重要であると考えられます。

これまで抗PD-1抗体治療を中止した後に長期間の薬物動態モニタリングが行われた研究はなく、どの程度の期間、効果や副作用が持続するポテンシャルを持っているのかは明らかになっていませんでした。我々は、抗PD-1抗体の一種であるニボルマブを投与された非小細胞肺癌患者の血液を用いてフローサイトメトリーによる解析を行い、ニボルマブの体内薬物動態を解析する手法を報告しました。ここでは、その研究内容について紹介させていただきます。

【研究概要】

大阪大学医学部附属病院と独立行政法人国立病院機構刀根山病院において二次治療以降にニボルマブを投与された非小細胞肺癌患者について治療前後の血液を回収し、フローサイトメトリーによる解析を行いました。末梢血に対する解析を行う中で、治療前はT細胞におけるPD-1の発現が検出できていましたが、治療後、一部のT細胞上に存在するはずのPD-1の検出ができなくなることが分かりました。(図1)

この発見とニボルマブがIgG4製剤であることに基づき、図2に示すようにPD-1検出抗体とIgG4検出抗体(つまり、ニボルマブの検出抗体)を組み合わせることにより、ニボルマブ投与前後でフローサイトメトリー上、T細胞におけるPD-1の消失、IgG4の検出が見られ、ニボルマブの結合の状態をフローサイトメトリーで二次元的に表現することが可能となりました。IgG4とPD-1でフローサイトメトリーを展開すると、治療前後でPD-1陽性からIgG4陽性へpopulationのスイッチが起こることが分かり、このことからニボルマブ投与後にPD-1検出抗体でT細胞上のPD-1が検出できなくなる理由については、ニボルマブがPD-1と結合することにより、PD-1検出抗体とPD-1の結合を阻害するためと考えられました。

図1 図2

得られた結果から、図3に示すようにフローサイトメトリー上のT細胞とニボルマブの結合状態をcomplete binding、partial binding、no bindingという3つの状態に分けて定義し、治療中止後のニボルマブの結合状態をモニタリングすることとしました。

図3

この手法を用いて、ニボルマブ治療を受けていたが、治療が有効ではなかったり、副作用が起こったりして、治療中止となった患者の血液を経時的に採取することにより、治療中止後も血液中のT細胞においてcomplete bindingの割合は20週間を超えて保たれることを明らかにしました。

ニボルマブ治療が有効でなく、癌の進行が見られた場合は次治療として標準的な化学療法を行うことが多いですが、どのような化学療法を行っても、T細胞上にニボルマブは結合したままの状態であり、化学療法自体はニボルマブの結合に影響しないことも明らかとなりました。この研究結果より、ニボルマブ中止後もその治療効果は一部残存するというポテンシャルを有しており、ニボルマブ中止後に比較的早期に化学療法を行った症例において、薬物動態上は化学療法とニボルマブの併用治療となっている可能性が示唆されました。治療という観点では相乗効果が望める場合があり、プラスに働くと考えられますが、副作用の観点から見ると、治療中止後も影響が長期間残存すると考えられ、ニボルマブをはじめとした抗PD-1抗体治療を行っている患者では、長期間の副作用モニタリングが必要であるという実臨床においても非常に重要な知見を得ることができました。

また、少数例の解析ですが、ニボルマブが結合したT細胞において、Ki-67というT細胞の増殖・活性化マーカーを同時に評価した場合、次の化学療法が有効であった患者さんでは無効であった患者さんと比較して、T細胞のKi-67の発現が維持されることが明らかとなりました。

加えて、ニボルマブが結合したT細胞のみ回収する方法も開発し、ニボルマブが結合したT細胞における遺伝子発現の網羅的解析を行うことができるようになりました。(図4)

図4

このようにニボルマブのT細胞への結合状態に加え、まさにニボルマブが作用しているT細胞における免疫状態を患者ごとに様々な方法かつリアルタイムで計測することにより、次治療選択の判断の一助となる可能性が示唆されました。

以上をまとめると、本研究の成果により、ニボルマブ中止後の体内での薬物動態が明らかとなり、投与中止後もニボルマブがT細胞に結合している期間は20週以上と長期間にわたることが明らかとなりました。また結合の持続時間は、中止までの投与回数やその後の化学療法の種類やステロイド投与などに影響されないことも分かりました。臨床においては、治療中止後も長期に効果が持続する可能性があることを念頭に入れながら、副作用のコントロールおよび最適な次治療の選択を行っていくことが重要であり、本研究成果はその一助になると考えられます。

また、ニボルマブが結合したT細胞のみを回収し、その遺伝子発現プロファイルを評価できる手法も開発しており、今後、このような手法を様々な症例に適用することにより、詳細な治療効果予測および副作用発症機序の解明につなげ、少しでも患者利益に貢献できるように研究を進めていく所存です。

(本研究成果は、米国科学誌「JCI insight」に、2018年10月4日に掲載されました:Osa A,et al. JCI Insight. 2018 Oct 4;3(19). pii: 59125. doi: 10.1172/jci.insight.59125.

文責: 呼吸器内科 長 彰翁 2019年1月