呼吸器内科講義

授業の目的と概要

本科目の授業では、肺の生理機能を十分理解したうえで呼吸器疾患を把握していく。すなわち、呼吸器症状についてもその本態および出現機構を理解することにより、的確な鑑別診断が可能となり効果的な検査計画および治療戦略が構築できるわけである。肺は生命維持に極めて重要なバイタルオルガンであり、したがって肺の疾患には的確な診断に基づいて迅速な治療を要するものが多い。また呼吸器以外の臨床分野においても、胸部X線の正しい理解や迅速な呼吸管理は今や必須の項目と言える。疾患を分子のレベルで理解しつつ、どの分野においてもベッドサイドでの臨床に役立つような呼吸器学の講義を行っていく。

学習目標

幅広い呼吸器疾患の病態生理を理解し、腫瘍、感染症、アレルギー疾患、その他の炎症、先天異常といった多岐にわたる呼吸器疾患についての診断を行い、治療方針を立案できることを目標とする。

教科書・教材

呼吸器学総論

呼吸器学は、症状や画像その他の検査所見による多彩な鑑別診断から確定診断を行い、治療方針を立てていく。そのため、多岐にわたる呼吸器疾患を総論的に理解することが重要である。呼吸器学総論において、その基本的な考え方を身に付けることを目標とする。

肺癌の臨床総論

肺癌は腺癌、扁平上皮癌、および分化度の乏しい小細胞癌と大細胞癌に大別される。扁平上皮癌と小細胞癌は喫煙との因果関係が強く、中枢気管支に発生しやすいが、腺癌は喫煙との因果関係は弱く、末梢気管支に発生しやすい。小細胞癌は神経内分泌腫瘍としての性格を示し、増殖・転移が早い一方抗癌剤や放射線がよく奏効する。それに比べ腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌は、抗癌剤や放射線への感受性が低い一方増殖・転移は速くないので早期切除が有効策である。

肺癌の基礎研究

肺癌薬物療法の進歩は著しいが、それは基礎研究で得られた成果が反映されたからである。遺伝子異常の発見が最も重要であるが、それ以外でも、癌の微小環境や腫瘍免疫、炎症と発癌の関わりなど、基礎研究の内容は多岐に渡る。これらの中で、肺癌分野で特に重要な内容につき講義する。

肺癌の治療戦略(化学療法から分子標的治療)

発見時に切除可能な肺癌症例は約30%に過ぎず、大多数は化学療法を受ける。小細胞肺癌は感受性が高いため80%近い症例で腫瘍が縮小するが、腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌等の非小細胞肺癌では奏効率は30~40%である。したがって前者では強力な抗癌剤投与が推奨されるが、後者では予後延長に加えてできるだけ患者のQOLを損なわない治療が望まれる。また、従来の殺細胞性抗癌剤に加え、分子標的治療薬が導入されたことにより、肺癌の薬物療法は大きな進歩を遂げた。

肺癌の免疫療法

肺癌治療の3本柱は、手術・放射線治療・薬物治療である。免疫療法に対する期待は高く、長年にわたり研究されてきたが、標準治療としての地位を確立するには至らない状況が続いていた。しかし近年、腫瘍免疫の基礎的な理解が深まることで、新たな視点に立った免疫療法が開発され、予想を超える成果が得られており、4本目の柱として認識されるようになっている。肺癌で臨床に導入された、免疫チェックポイント阻害剤を中心とした講義内容である。

呼吸器感染症

どの臨床分野においても、呼吸器感染症は併発疾患として極めて重要なものの一つである。とくに肺炎は、白血病、エイズ、癌、膠原病や臓器移植後の患者などでしばしば致死的な合併症となるので、早期の診断が欠かせない。また、その起炎菌によって治療内容が大きく異なることから、臨床所見を熟知し的確な鑑別診断を学んでおく必要がある。一方、起炎菌についても、市中感染、院内感染いずれにおいても耐性菌が増加しつつあり、その機構と対策にも触れる。

肉芽腫性肺疾患

サルコイドーシスは原因不明の全身性肉芽腫形成性疾患で、肺、皮膚、眼球病変で発症する。肺では、両側肺門リンパ節腫脹で発症し自然に消褪することもあるが、肺が線維化してくることもあるので、早期に診断しておく必要がある。CTで異常を認めない肺野でも、気管支肺胞洗浄でリンパ球を数多く回収したり、気管支鏡生検で非乾酪性肉芽腫を発見することで診断する。その他、血管炎を基礎的病変とした肉芽腫性肺病変についても述べる。

間質性肺炎

肺間質を舞台とした間質性肺炎は、しばしば致死的である。これには、膠原病やサルコイドーシスで生じる間質性肺炎、アレルギー性機作で生じる過敏性肺炎、薬剤、塵肺や放射線照射によって生じる間質性肺炎などがあるが、圧倒的に多いのは原因不明の特発性間質性肺炎である。診断面では高解像度胸部CT、気管支肺胞洗浄、および生検の重要性、および治療面では炎症の治癒機転としての線維化を制御することの重要性を理解してもらう。

肺結核

1965年にリファンピシン(RFP)が登場して以来、結核は減少の一途をたどってきたが、1990年代に入って結核は再び増加しはじめ、WHOに続いて我が国でも結核緊急事態宣言が出された。結核再流行の本態としては、エイズ患者での肺結核感染の増加、RFP登場以前に治療を受けた患者の再燃、およびRFPを不適切に使用したためRFP耐性となった肺結核患者が伝染源となる、などがあげられる。肺結核に対する初回治療の重要性を理解してもらう。

気管支喘息

気管支喘息は、慢性の気道炎症が病態の基礎にあり、可逆性の気道閉塞を来す疾患である。炎症のコントロールが治療の基本であり、病態の理解が進むにつれて治療も大きく進歩してきた。疾患活動性の新たな評価法などを含め、最新の知見を含めて解説する。

COPD

気管は合計22回分岐して肺胞となる。その間の気道に炎症や閉塞性機転が生じて、様々な病態が発生するが、代表的なものが COPD(慢性閉塞性肺疾患)である。COPD は主に喫煙が原因となるが、近年では肺のみでなく全身の炎症性疾患として理解されるようになっている。その基礎と臨床を包括的に理解することを目標とする。

肺循環障害

肺循環障害には様々な病態が含まれるが、ここでは肺性心、ARDS(急性呼吸促迫症候群)、肺血栓塞栓症、肺高血圧症について解説する。これらの疾患の病因、病態、診断、治療を理解することを目標とする。

びまん性肺疾患

びまん性肺疾患とは、肺全体びまん性に病変が生じる肺疾患の総称である。それぞれ治療方針が異なるため、組織診断だけでなく問診、身体所見、画像診断をもとに慎重に診断する必要がある。講義では膠原病肺、IPF、サルコイドーシス、夏型過敏性肺炎、肺胞出血、LAM、肺胞タンパク症、珪肺やアスベストーシスなど様々な疾患について述べる。

呼吸不全・呼吸管理

種々の原因で肺でのガス交換が障害されると、生体機能に必要な動脈血酸素分圧を維持できなくなり、呼吸不全に陥る。呼吸不全の分類、原因について解説する。呼吸不全を是正するために行われる介入が呼吸管理であり、これには人工呼吸(気管内挿管下、非侵襲的)や酸素療法などが含まれる。その基本を理解することを目標とする。