癌免疫研究

癌免疫研究概要

WT1ペプチド免疫療法の臨床試験(トランスレーショナルリサーチ)および臨床検体を用いたリバーストランスレーショナルリサーチ

悪性腫瘍に対する安全かつ効果の期待できる治療法として癌特異的免疫療法は、手術療法・放射線療法・化学療法と並ぶものとして近年ますます注目されています。癌免疫グループではほとんどの種類のヒトの腫瘍で高発現しているWT1を標的とした、WT1ペプチド癌ワクチンの原理を確立し(Oka et al. J Immunol 2000など)、またそれを元にその開発を行っています。2001年にWT1ペプチド癌ワクチンの臨床試験を開始し、現在までに白血病や固形癌患者800人以上に投与され、重篤な副作用がなく、白血病や膵癌、脳腫瘍などの固形難治癌で優れた臨床効果を示しています(Oka et al. PNAS 2004, Izumoto et al. J Neurosurg 2008, Tsuboi et al. Leukemia 2012など)。

近年、癌免疫療法が奏功するか否かは個人差が大きいことが分かってきました。そのため癌免疫療法が有効な患者さんの層別化因子の探索が求められています。また、化学療法や放射線療法など従来の治療法、あるいはその他の癌免疫療法などとのCombinationにより、その治療効果を高められるのではないかと期待されています。当グループではこれまでに行ってきた臨床試験の検体解析を行い、奏功症例と非奏功症例を比較することで、より洗練された治療スキームを模索しています。

マウスモデルにおけるWT1ペプチド免疫療法の基礎研究

癌免疫療法の研究には、ヒト臨床試験に先駆けて行うマウスモデルにおける基礎研究が必要不可欠です。癌免疫グループでは、WT1ペプチド免疫療法を評価し、またその効力を更に増強・維持する方策を探索するために、WT1を発現した細胞株を用いた癌免疫療法マウスモデルを確立しました。さらにWT1を特異的に認識するヒトTCRを導入したCD4陽性T細胞の直接的細胞障害活性を評価できるマウスモデルなど、様々な実験ツールを作成してきました。このマウスモデルを用い、WT1ペプチドワクチンの効力を増強しうる免疫賦活剤を探索した結果、BCG-CWS、IFN-βの有効性を確認しました。最近ではCheckpoint阻害剤との併用など、複数の癌免疫療法のCombinationにも期待が集まっており、新たなマウスモデルを作成しその評価を行い始めています。

ヘルパーT細胞とメモリーT細胞を活用した抗腫瘍免疫応答の増強

ヘルパーT細胞は、癌細胞を貪食した樹状細胞上のHLA class II分子に提示されたヘルパーペプチドを認識することで、樹状細胞の活性化・cross-primingを惹起し、樹状細胞によるキラーT細胞の誘導を増強します。さらに、ヘルパーT細胞は、直接的にキラーT細胞の増殖・活性化を増強しキラーT細胞による癌細胞の傷害を促します。理想的な抗腫瘍免疫応答には、アポトーシスを起こした癌細胞の貪食→cross-primingによるキラーT細胞の誘導→キラーT細胞による癌細胞の傷害、という3つのステップが効率よく何度も繰り返されることが重要と考えられ、ヘルパーT細胞はこのサイクルを回す、言わば司令塔のような働きをしています。私たちは、WT1というほとんどの癌細胞に発現する癌抗原に注目し、WT1由来のヘルパーペプチドを同定しました。このヘルパーペプチドは、多くのHLA class II分子に結合し、キラーT細胞の働きを高めることができるヘルパーT細胞を誘導することができることが分かってきました。さらに、キラーT細胞の誘導を狙ったWT1ペプチドワクチン臨床試験において、ヘルパーT細胞が体内で誘導されている患者さんほどWT1ペプチドワクチンによる臨床効果が得られやすいことが明らかとなりました。したがって、WT1由来のヘルパーペプチドをWT1ペプチドワクチンと併用することで、より強い抗腫瘍効果が得られることが期待できます。このようなエビデンスをもとに、現在、2種類のキラーエピトープとこのヘルパーペプチドを混合した新しいWT1ペプチドワクチン(WT1 Trio)の臨床研究を進めています。