免疫疾患の解説一覧

妊娠・授乳中の薬剤

近年様々な薬が登場し免疫疾患の治療成績を向上させてきたが、女性に多い免疫疾患患者の妊娠と授乳中の治療方針に関してはエビデンスが少なく臨床現場では判断に迷うことが多い。妊娠と授乳中の薬使用の許容に関する現時点の考えとして、2018年に本邦の研究班がまとめた治療指針と、2016年EULARによる妊娠前、妊娠中、授乳中の抗リウマチ薬に関する考慮の提案についてここにまとめた。また、シクロホスファミドなどの生殖細胞や妊孕性(にんようせい)に影響を及ぼす薬剤使用時の妊孕性温存に関しても考慮する必要がある。

全身性エリテマトーデス(SLE、関節リウマチ(RA)、若年性特発性関節炎(JIA)、炎症性腸疾患(IBD)罹患女性患者の妊娠、出産を考えた治療指針

妊娠・授乳中での現時点でコンセンサスが得られた診断・治療が、SLE、RA、JIA、IBDの診療にあたる医師や合併妊娠に従事する医師を対象に示された。患者に及ぼす利益が不利益を相当程度上回りコンセンサスを得た内容が記載されている。推奨を実際に実践するかの最終判断や責任は利用者に帰属する。ここではSLE、RAに関する部分を中心にまとめたが、全文や詳細は原著を参考頂きたい(推奨度はA:強く勧められる、B:勧められる、C:考慮される。同意度は1~9点で表記)。

SLE、RA、JIA、IBD女性患者の妊娠希望に対する説明。
疾患が活動期にある場合はまず寛解状態になってからの妊娠を勧める(A/9)。
妊娠前の病状によっては、妊娠中の増悪や妊娠合併症について、内科医、外科医、整形外科医と産婦人科医が連携し、双方の立場から情報提供することが望ましい(B/9)。
妊娠前から内科、整形外科と産婦人科の立場から情報提供し、妊娠後は両診療科で共同管理する(C/8)。
妊娠を積極的に考える場合、妊娠中に禁忌となる薬剤の切り換えを考慮する(B/8)。
SLE、RA、JIA、IBD患者の妊娠が容認される基準
それぞれの疾患が妊娠中に使用可能な薬剤でコントロールされており、寛解状態が維持されていることが妊娠容認基準の一つである(C/8)。
ループス腎炎症例での妊娠許容基準
1 非活動性ループス腎炎
2 尿蛋白が0.5g/日以下。
3 GFR区分でG1(≧90 ml/min/1.73m2)またはG2(60~89 ml/min/1.73m2)。
4 妊娠中に使用可能な薬剤で腎炎が安定している。以下の薬剤を使用していないことを確認する(MMF、ミゾリビン、シクロホスファミドなどの免疫抑制剤。ARBやACE阻害剤が使用されていないことが望ましい。腎保護作用による有益性が高いと考えられる場合は、妊娠後に他の薬剤に切り替える)
1~4を全て満たす場合は妊娠を許容できる。その他の場合はリスクを十分に説明したうえで、患者の意思を尊重し高次医療機関で管理する。ただし、重症の肺高血圧症(肺動脈収縮期圧>50mmHgあるいは有症状)、NYHA分類III~IV度の心病変がある場合は、原則として妊娠は勧められない。妊娠初期の高血圧、蛋白尿、妊娠前のeGFR<90のループス腎炎で妊娠高血圧腎症にリスクがあがるとの報告がある。
関節リウマチでは寛解状態、少なくとも低疾患活動性維持が望ましい。MTXは1ヶ月以上の休薬が必要。
炎症性腸疾患では妊娠中使用可能な薬剤で寛解状態であることが望ましい。
SLE、RA、JIA、IBDと不妊症との関連性
それぞれの疾患が寛解状態であれば、不妊症との関連性は低い(C/8)。
SLEではシクロホスファミドの30歳以上での投薬や6ヶ月を超えるパルス療法、累積投与量7g以上である場合は卵巣機能不全のリスクが高まる。抗リン脂質抗体症候群では妊娠直後より低用量アスピリンとヘパリンカルシウム(5000IUx2/朝夕皮下注)との併用を考慮する。
関節リウマチでは寛解状態では不妊症との関連性は低く、疾患活動性に関連した妊孕性の低下が報告されている。MTXは流産、催奇形性のリスクとなり、妊娠希望では薬剤変更を考慮する。
SLE、RA、JIA、IBDの妊娠中・産褥期の活動性
SLEは妊娠中・産褥期に病態が悪化する可能性がある(B/8)。
RAは妊娠中に寛解する場合と増悪する場合があるが、産褥期に再燃することが多い(B/8)。
IBDは寛解期であれば妊娠中に増悪する可能性は低く、活動期であれば増悪する可能性がある(B/8)。
SLE、RA、JIA、IBDの妊娠管理での検査と必要情報
SLEの患者情報:治療薬、既往妊娠分娩歴(流・死産、早産、妊娠高血圧症候群、胎児発育不全を含む)、前児の新生児ループスの有無、先天性房室ブロック(CHB)の有無、血栓症既往の有無、ループス腎炎の有無、再燃歴の有無とその際の臨床症状(B/8)。
SLEの検査:血圧、検尿、尿沈渣、血清Cr(eGFR)、尿蛋白/尿Cr、血算、C3、C4、抗dsDNA抗体、抗リン脂質抗体、抗SSA抗体(B/8)。
抗SSA抗体陽性妊婦ではCHB早期発見のため妊娠16~34週までの2週間毎の超音波検査を努力目標とするが、デキサメタゾンのIII度ブロックへの進行予防効果も実証されていないため一つの目安である。HCQは前児がCHB症例で、次児のCHB発症を有意に減少させたとする報告がある。
SLE、RA、JIA、IBD合併妊娠の診療機関について
SLE合併妊娠、ステロイドや生物製剤を使用しているRA合併妊娠、JIA合併妊娠、活動期のIBD合併妊娠は高次医療機関での管理が推奨される。ただし、疾患活動性の低いRA合併妊娠、IBD合併妊娠では産婦人科と関連各科が密に連携が取れている場合はこの限りではない(C/8)。
SLE、RA、JIA、IBD患者の分娩方法について
それぞれの疾患では通常の分娩管理で良い(C/8)。
妊娠中の薬剤の禁忌と許容。
一般の出生児での先天性疾患頻度は3-5%であり、妊娠中の薬の投与によりこの頻度よりも上昇するかが問題となる。
妊娠中禁忌である薬:MTXやMMFはヒトにおける催奇形性がある(B/9)。レフルノミド、ミゾリビンは動物実験で催奇形性が示されている(C/8)。ARBやACE阻害剤は胎児・新生児死亡と関連がある(B/8)。
妊娠中許容される薬:抗TNFα抗体製剤、サラゾスルファピリジン、ヒドロキシクロロキン、メルカプトプリンは現時点で催奇形性が示されていない(B/8)。シクロスポリン、タクロリムス、アザチオプリンは病状がコントロール困難であれば許容される(B/8)。降圧剤ではヒドララジン、αメチルドパ、ラベタロールは安全性が示されている(B/8)。ステロイドは胎盤移行性の低いプレドニゾロンが推奨され(A/9)、10~15mg/日までで管理。ステロイドで口唇口蓋裂が500人に1人から3人に上昇するという報告がある。
NSIDsは妊娠後期(28週以降)では中止。コルヒチンの催奇形性は否定的、トシリズマブは限られた報告ではリスクは示されていない。
妊娠中の生物製剤使用時の注意
抗TNFα抗体製剤は、妊娠中の全期間において使用は可能だが、妊娠末期まで使用した場合は胎盤移行による児への影響が生後数ヶ月残存している可能性があり、出産後6ヶ月に達する前のBCGやロタウイルスワクチンなどの生ワクチン接種は控えた方が良い(B/8)。
新生児のケアの留意
抗SSA抗体を有するSLE合併妊娠やRA合併妊娠では、新生児ループスに留意する(A/9)。
母体が妊娠中に生物製剤を使用している場合、その影響が生後数ヶ月残存している可能性があり、児の生ワクチン(BCG、ロタウイルス)の接種において注意が必要である(B/8)。
新生児ループスの発症時期は出生直後から生後3ヶ月頃までに皮膚症状や汎血球減少がある。
薬剤使用中の授乳について
MTXやレフルノミドは授乳は許容されない(B/8)。
抗TNFα抗体は乳汁移行が少なく消化管からの吸収も悪いため授乳は許容できる(B/8)。
ARBやACE阻害剤は許容できる(B/8)。
以下の薬剤も乳汁移行が少ないとされ授乳は可能である。プレドニゾロン(パルス療法中以外)、NSAIDs、シクロスポリン、タクロリムス、アザチオプリン(児の血球減少、肝障害に注意)、サラゾスルファピリジン(児の血性下痢の報告あり)、メルカプトプリン、メサラジン、ワルファリン、プロプラノロール、アムロジピン、ニフェジピン、ビスホスホネート。

なお、国立成育医療研究センターのホームページ妊娠と薬情報センターでは妊娠中の薬の相談の仕方が記載されおり、全国47都道府県にも「妊娠と薬外来」拠点病院が設置されている。

2016年EULARによる妊娠前、妊娠中、授乳中の抗リウマチ薬に関する考慮

2016年EULARによる妊娠前、妊娠中、授乳中の抗リウマチ薬に関する考慮の提案では、妊娠中の各種薬剤投与中の流産や先天性奇形の発生数と発生率が示されている。対象群や背景データと比較して差があるか否かが検討され、血清と乳汁中の濃度比較や乳児への影響が報告されている。詳細はフリーアクセスとなっている原論文を精読して頂きたい。なお、EULARからの提案は欧米を中心としたデータであり、本邦の薬剤添付書の記載とは異なっていることには留意されたい。また、妊娠後期では生物製剤は胎児に移行するため出生後半年は生ワクチンの接種は行なわない。

妊娠前、および妊娠中および授乳中の抗リウマチ薬の使用に関して考慮すべき点を明確にするため、系統的文献レビューやいくつかのレジストリからの妊娠暴露データに基づき、妊娠中および授乳中の抗リウマチ薬の使用に関して考慮すべき包括的4原則と11ポイントが作成された。抗マラリア薬、スルファサラジン、アザチオプリン、シクロスポリン、タクロリムス、コルヒチン、静脈内免疫グロブリンおよびステロイドは妊娠中および授乳中での許容性が見られた。MTX、MMF、シクロホスファミドは、催奇形性が証明されているため妊娠前に中止する。レフルノミド、トファシチニブ、アバタセプト、リツキシマブ、ベリムマブ、トシリズマブ、ウステキヌマブ、アナキンラは胎児の安全性に関する記録が不十分であることから妊娠前に中止する。生物学的製剤の中ではTNF阻害剤がよく調べられており、妊娠第一期および第二期に使用してもかなり安全であると思われる。催奇形性が証明された薬物および胎児/子供に対する利用可能な安全性データが不十分である薬物の大部分は使用制限される。妊娠中および授乳中の胎児/子供にとっての安全性が妥当であるときに、疾患活動性あるリウマチ性疾患への効果的薬物治療が可能である。医療従事者および患者への情報の周知と診療実施は、リウマチ性疾患を有する妊娠・授乳中の患者管理の改善に寄与する。

括弧内で示された証拠レベルは、(A)ランダム化比較試験からのメタアナリシスから、または少なくとも1つのランダム化比較試験からの証拠。(B)少なくとも一つのランダム化のないコントロール試験、あるいは準実験的研究、カテゴリーIの証拠から推定された推奨。(C)比較研究、相関研究または症例研究などの記述的研究からの証拠、またはカテゴリーI、IIの証拠から推定された推奨。(D)専門家委員会報告書または意見書、または尊重された当局の臨床経験またはカテゴリーII、IIIの証拠から推定された推奨。

全般的原理
1 生殖年齢の各々の患者は家族計画に取り組み、計画妊娠の前に治療の調整を考慮するべきだ。
2 妊娠前、妊娠中、授乳中の関節リウマチ患者の治療は母親の疾患活動性を抑え、胎児や乳児に対しても無害であることを目標とするべきだ。
3 薬物療法の子供へのリスクは、治療しなかった場合に疾患が患者や胎児や乳児に対して及ぼすリスクとの関連で検討するべきだ。
4 妊娠中と授乳中の薬物療法の判断は内科医/リウマチ医、産婦人科医、患者、他の適切な医療関係者との同意に基づくべきだ。
妊娠における抗リウマチ薬の使用に関する考慮
1 妊娠との両立が証明された抗リウマチ薬はハイドロキシクロロキン、クロロキン、サルファサラジン、アザチオプリン、シクロスポリン、タクロリムス、コルヒチンである。これらは寛解維持や再燃時の治療に対して、妊娠中でも継続するべきだ。(B)
2 MTX、MMF、シクロホスファミドは催奇形性があり、妊娠前に中止すべきだ。(B)
3 非選択的COX阻害剤(NSAIDs)とプレドニゾンは、疾患活動性の制御に必要な場合は妊娠中の使用を考慮するべきだ。NSAIDsは28週未満に限るべきだ。(B)
4 母体の疾患が重篤で難治性であれば、メチルプレドニゾロンパルス、グロブリン点滴、あるいは14週以降でのシクロホスファミド使用を考慮すべきだ。(D)
5 妊娠中の使用に関して証拠が不十分な抗リウマチ薬や抗炎症薬は、さらに証拠が得られるまでは避けるべきだ。レフルノミド、トファシチニブ、COX2選択的阻害剤などが該当する。(B-D)
6 生物製剤の中で、TNF阻害剤は妊娠前半(20週まで)では継続を考慮すべきだ。エタネルセプトとセルトリズマブは胎盤通過性が低いので妊娠中は使用を考慮してもよい。(B)
7 リツキシマブ、アナキンラ、トシリズマブ、アバタセプト、ベリムマブ、ウステキヌマブなどの生物製剤は妊娠時の安全性に関して限られた証拠しかなく、妊娠前に他の薬に変えるべきだ。母体の疾患を抑えることのできる妊娠中に使える他の薬がないときにのみ、これらの薬剤は使用されるべきだ。(D)
授乳における抗リウマチ薬の使用に関する考慮
1 授乳中にも使用できる抗リウマチ薬と抗炎症剤は、乳児に対して禁忌でなければ継続を考慮するべきだ。ハイドロキシクロロキン、クロロキン、サルファサラジン、アザチオプリン、シクロスポリン、タクロリムス、コルヒチン、プレドニゾン、グロブリン製剤、非選択的COX阻害剤、セレコキシブ等である。(D)
2 授乳に関する限られた証拠しかない抗リウマチ薬、免疫抑制剤、抗炎症剤は授乳中の女性には避けるべきだ。MTX、MMF、シクロホスファミド、レフルノミド、トファシチニブ、セレコキシブ以外のCOX2選択的阻害剤等である。(D)
3 インフリキシマブ、アダリムマブ、エタネルセプト、セルトリズマブは乳汁移行が低いことが示されている。TNF阻害剤の継続は授乳中でも考慮されるべきだ。(D)
4 疾患に対して他の治療が可能であれば、授乳に関するデータのないリツキシマブ、アナキンラ、ベリムマブ、ウステキヌマブ、トシリズマブ、アバタセプトは授乳中には避けるべきだ。他に選択肢がなければ生物製剤の薬理特性に基づくとこれらの薬剤を使用中でも授乳を止めさせるべきではない。(D)

妊孕性温存について

ループス腎炎、ANCA関連血管炎などの重篤で難治性病態では今なおシクロホスファミドが使用されることが多いが、治療が奏功した後には疾患活動性が落ち着いて妊娠中使用可能な薬剤で維持療法がなされ、疾患再燃がなく通常の生活が出来るようになる事も多い。

免疫疾患の治療における妊孕性保存のガイドラインはまだ作成されていないが、シクロホスファミドパルス療法など生殖細胞や妊孕性へ影響を及ぼすことがある治療が妊娠可能年齢患者に対して行われる場合には、癌治療と同様に妊孕性温存の医学的適応の考慮が必要となる。妊孕性温存は、男性では精子の凍結保存、女性では胚(受精卵)凍結(パートナーがいる場合)、未受精卵凍結、卵巣組織凍結などがあるが、本人の意志にもとづき、原疾患の治療実施に著しい不利益とならないときに考慮される。患者は妊孕性温存に関して正しい情報をもとに自己決定できるよう支援され、専門部門で情報を得た上で最終判断を行う。

日本癌治療学会で作成された「小児、思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン」2017年版(金原出版)が刊行されており、日本産婦人科学会からは「医学的適応による未受精卵子、胚(受精卵)および卵巣組織の凍結・保存に関する見解」の改訂(2019年5月)が承認されているので参照されたい。

2019/July