大阪大学大学院医学系研究科
呼吸器・免疫内科学
Department of Respiratory Medicine and Clinical Immunology, Graduate School of Medicine, Osaka University
皮膚、粘膜を中心に急性炎症を反復する全身性疾患である。主症状(眼症状、再発性アフタ性口内炎、皮膚症状、外陰部潰瘍)と、副症状(関節炎、副睾丸炎、消化管病変、血管病変、中枢神経症状)が単独、複数で出現消退をくりかえす。腸管、血管、神経に主病変を有するものを特殊型ベーチェット病とする。好中球の機能亢進、T細胞の異常反応、血管炎、凝固亢進による血管障害がみられる。
地中海沿岸、中東から東アジアにかけた地域に多く、「シルクロード病」ともよばれる。近年の本邦では、重症病変が減少傾向で、口腔内をはじめとした衛生状態の改善が免疫応答を変化させたためではないか、との仮説がある。
好発年齢は20~40歳、男女比は約1:1である。重症例は男性に多い。明らかな病因は未だ不明である。HLA-B51保有者が本症に罹患する相対危険率は6.7であり、遺伝的素因の関与が示唆される。細菌など微生物由来の熱ショック蛋白(HSP: heat shock protein)の関与も疑われている。
主症状 | |
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眼症状 | ぶどう膜炎が典型で飛蚊症(ひぶんしょう、黒い点が動いて見える)、霧視(むし、霧がかかったように曇る)、羞明(しゅうめい、まぶしく見える)、眼痛など。前眼部ぶどう膜炎(虹彩毛様体炎)では前房に蓄膿が観察されることがある。後眼部ぶどう膜炎(網脈絡膜炎)は視力予後に関わり、繰り返すと失明のリスクとなる。 |
口腔粘膜症状 | 口内炎は境界鮮明な浅い有痛性潰瘍で、ほぼ必発の症状である。繰り返す、治りにくい、複数できる、しばしば大きいなどの特徴がある。 |
皮膚症状 | 結節性紅斑、皮下の血栓性静脈炎、毛嚢炎様皮疹、座瘡様皮疹がみられる。結節性紅斑や静脈炎はしばしば痛みを伴う。結節性紅斑は下腿にできることが多い。 |
外陰部潰瘍 | 境界鮮明、有痛性であることが多い。繰り返す、複数できるなどの特徴がある。 |
副症状 | |
関節炎 | 四肢の大関節(肘、肩、膝など)に好発する。関節破壊はまれである。 |
副睾丸炎 | |
消化管 | 回盲部に好発する。卵円型の深い潰瘍を形成し、腹痛、下血さらには穿孔に至ることがある。(消化管ベーチェット病) |
神経 | 急性型として、髄膜炎・脳幹脳炎が、慢性進行型として、小脳症状・脳幹萎縮・認知機能低下・性格変化などがみられる。(神経ベーチェット病) |
血管 | 血栓性静脈炎、(炎症性)動脈瘤、動脈血栓症がみられる。(血管ベーチェット病) |
血液検査では、疾患活動性の高い時期に、炎症所見(白血球数の増加、CRP・補体・免疫グロブリンの上昇、血沈の亢進)がみられる。疾患特異的な自己抗体などの検査はない。皮膚の被刺激性亢進を示す針反応は、本症に比較的特異的であり、採血の針のあとが腫れることで気づく場合がある。
消化管病変は下部内視鏡検査(大腸ファイバー)で精査する。神経ベーチェット病は、髄液検査で細胞増多・蛋白増加・インターロイキン6の上昇を、MRIで脳の実質変化を評価する。血管病変は、動脈瘤や血管狭窄をCTやMRIなどで精査する。これらの検査所見は、疾患活動性の高い時期には陽性となるが、疾患活動性が落ち着くと検出されない場合がしばしばあることに注意が必要である。
本邦の診断基準では4主症状、 5副症状の組み合わせで診断する。消化管病変、神経病変、血管病変が主であるものは、特殊型としてそれぞれ腸管ベーチェット病、神経ベーチェット病、血管ベーチェット病と診断する。
主症状 | |
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口腔潰瘍 | 粘膜の再発性アフタ性潰瘍 |
皮膚症状 | 結節性紅斑、皮下の血栓性静脈炎、毛嚢炎様皮疹、座そう様皮疹 |
眼症状 | a) 虹彩毛様体炎、b) 網膜ぶどう膜炎(網脈絡膜炎)、a), b)を経過したと思われる虹彩後癒着、水晶体上色素沈着、網脈絡膜萎縮、視神経萎縮、併発白内障、続発緑内障、眼球労 |
外陰部潰瘍 | |
副症状 | |
関節炎 | 変形や強直を伴わない |
副睾丸炎 | |
消化器病変 | 回盲部潰瘍で代表される |
血管病変 | |
中枢神経病変 | 中等度以上 |
ベーチェット病は炎症の再燃を繰り返しながら、年齢とともに活動性の低下をみることもある。治療は重症度に応じるが、ぶどう膜炎や特殊型ベーチェット(血管ベーチェット、消化管ベーチェット、神経ベーチェット)で臓器病変が活動的な場合は中等量以上のステロイド、免疫抑制剤、生物学的製剤などが検討される。
粘膜皮膚病変にはコルヒチン(1-2mg/day)を使用、限局性の口腔内潰瘍や陰部潰瘍には外用ステロイドやスクラルファート液(アルサルミンなど)の局所療法、レバミピド(ムコスタR)溶解液うがいなども使用される。コルヒチンには関節炎の予防効果もあるが、関節炎がコルヒチンで治まらない場合は少量ステロイド、アザチオプリンなども使用される。
ぶどう膜炎に対しては急性期の高用量ステロイドとともに免疫抑制剤(アザチオプリン、シクロスポリン)が使用される。難治性ぶどう膜炎の場合は抗TNFα抗体(インフリキシマブ、アダリムマブ)が使用される。ぶどう膜炎は高度の視力障害をきたすことがあり、視力が低下する前に免疫抑制剤や生物学的製剤を導入することで視力予後の改善が期待される。
深部静脈血栓症は凝固亢進より血管炎の結果と考えられステロイドと免疫抑制剤(アザチオプリン、シクロスポリンなど)、難治性の場合は抗TNF抗体(インフリキシマブ)が考慮される。出血リスクが低い場合は抗凝固薬を追加してもよい。
消化管病変に対して5-ASAやアザチオプリンとともにステロイドが使用されるが、難治性では抗TNFα抗体(インフリキシマブ、アダリムマブ)が使用される。
神経ベーチェット病には急性型と慢性型があり、急性型には中等量以上のステロイドを用いコルヒチンやアザチオプリンを追加することもある。シクロスポリンによる誘発もあり同剤使用中であれば中止する。慢性型にはMTXを開始し場合によってはインフリキシマブを追加併用する。
(括弧内は証拠レベル、推奨の強さ、同意レベル)
神経型ベーチェット病は臨床的特徴と治療反応性から急性型と慢性型に分けられそれぞれ治療法が異なる。脳実質に起因することが多いが上矢状静脈洞血栓症などの血管病変によるものもある。小脳、脳幹、大脳基底核の障害に基づくことが多く、多発性硬化症と似る。国内専門6施設での20年間のデータを後ろ向きコホート調査が公表されている(平成25年12月ベーチェット病に関する調査研究班 研究代表者 石ケ坪良明)。
発熱や頭痛を伴った髄膜脳炎の型をとるが、片麻痺や脳神経麻痺など脳局所徴候を来すことが多い。MRIのT2強調やFLAIRで高信号を呈す。脊髄液は細胞数と蛋白の上昇とIL-6の著明な上昇を伴う。ステロイドによく反応するが自然軽快することもある。シクロスポリンで誘発されることがる。
1~3のすべてを満たすものを急性型神経型ベーチェット病と診断する。中枢神経系感染症の除外が必要。また、シクロスポリンで誘発される亜型が存在する。
(ベーチェット病診療ガイドライン2020から。括弧内は、証拠レベル、同意度、推奨度)
・急性型の40%は再発し、大発作では後遺症を残すことがある。慢性進行型は進行すると予後不良である。神経型ベーチェット病の診断基準を満たすものは中等度以上の中枢神経病変に含める。(3, 4.8, A) |
・シクロスポリンが使用されている場合は中止する。(3, 4.9, A) |
・初回発作が生じたらすぐにコルヒチン(1-2mg/day)を開始し5年間は継続する。(3, 4.5, B) |
・MTX、シクロフォスファミド、AZPの再発予防効果はコルヒチンより劣ると考えられ、これらの積極的投与は行わないことを提案する。(3, 4.2, C1) |
・急性期はPSL 20mg/日以上を投与し効果不十分ではステロイドパルスを含む大量投与を行う。(3, 4.5, B) |
・急性期の治療でPSL中等量以上が効果不十分なときインフリキシマブ併用を提案する。(5, 4.4, C1) |
・コルヒチンを使用しても再発する場合はインフリキシマブを考慮することを提案する。(5, 4.2, C1) |
・急性型症状が治まり検査所見が改善しPSL10mg以下になったら神経学的所見と頭部MRIを評価、脊髄液IL-6を測定し17pg/mL以上であれば慢性進行型を疑う。(3, 4.6, B) |
ステロイド抵抗性で持続進行の経過を辿り、精神症状(認知症、人格変化)、体幹失調、構語障害などの症状やMRIで中脳から橋にかけての脳幹や小脳の萎縮などが見られる。急性型神経型ベーチェット病の発作出現後数年して精神症状などが徐々に出現することがある。HLA-B51陽性率が高く、男性、喫煙者が多い。髄液中のIL-6が数ヶ月以上持続して高値となる。
1~3のすべてを満たすものを慢性型神経ベーチェット病と診断する。参考所見として慢性進行型では男性、喫煙、HLA-B51の頻度が高い。
(ベーチェット病診療ガイドライン2020から。括弧内は、証拠レベル、同意度、推奨度)
・先行症状としての急性型症状の発現は約90%あるが、必発ではない。(3, 4.8, A) |
・慢性進行型の治療はできる限り髄液IL-6を17pg/mL以下に下げるよう努力する。(3, 4.6, B) |
・まずMTX単独で治療し、神経症状改善なく髄液IL-6が17pg/mL以下にならない場合は速やかにインフリキシマブ(5mg/kg、 0、2、6週、以降8週間隔。効果不十分では10mg/kgに増量可)を導入する。(2b, 4.6, B) |
・慢性進行型の治療は髄液IL-6低値維持と症状進行がなく、MRIで脳幹などの萎縮の進行がないことを目標とする。(2b, 4.7, B) |
・治療内容が固まるまで頭部MRIや髄液IL-6検査は適宜行い、その後MRIは少なくとも年一回、髄液IL-6もできる限り年一回測定する。(3, 4.7, B) |