呼吸器内科研究

臨床検体、マウスモデルを用いた抗腫瘍免疫増強治療法の開発

本研究室では、担癌マウスモデルを用いた基礎研究と臨床検体を用いた解析を通して、抗腫瘍免疫の調整にかかわる因子を探索するとともに、新規治療法の開発を目指している。

マウスモデルを用いた解析

トランスジェニック肺がんモデルマウスを用いた免疫療法感受性に関わる因子の探索

腫瘍免疫を評価するマウスモデルとして本研究室では、一般的に用いられている細胞株を移植するシンジェニックモデル①に加えて、実際の発癌に関与する遺伝子変異を組み込んだトランスジェニックモデル②を保有し、抗PD-1抗体をはじめとする免疫治療の感受性に関わる因子について探索している。

これまで小山らが米国ダナファーバー癌研究所で行ってきた研究も含め、下記に成果の概略を示す。

がん微小環境においてガイダンス因子が免疫細胞の機能・代謝に与える影響の解析

本研究室では、これまでセマフォリン・プレキシン・インテグリンなどの神経ガイダインス因子の特に免疫システムにおける役割について多数の研究成果を報告してきた(文献 5,6,7,8)。また、腫瘍免疫の解析において、フローサイトメトリーやRNAシークエンスなどを用いて、腫瘍微小環境に存在する各種免疫担当細胞を網羅解析する手法を、トランスジェニック肺癌自然発症マウスや細胞株移植による肺癌モデルにおいて確立した(文献 1,2,4)。これらの手法を用いて、特に樹状細胞のSemaphorin4A(Sema4A)が所属リンパ節においてCD8陽性T細胞を活性化するメカニズムを明らかにした(文献 9)。また、腫瘍に発現するSema4Aは腫瘍局所においてCD8陽性T細胞を活性化し、抗PD-1抗体の治療効果と相関することが分かった(unpublished data)。現在、Sema4Aががん免疫療法における治療標的となるかについて、これまで確立した担癌マウスモデルでの治療実験による検証とともに、ヒト検体においてマウスモデルと同様の表現型がみられるかについて検証を行っている。

文献
  1. Akbay EA*, Koyama S* (Co-first) et al. Activation of the PD-1 pathway contributes to immune escape in EGFR-driven lung tumors. Cancer Discov 2013;3(12):1355-63.
  2. Koyama S, Akbay EA et al. Adaptive resistance to therapeutic PD-1 blockade is associated with upregulation of alternative immune checkpoints. Nat Commun 2016;7:10501.
  3. Herter-Sprie GS*, Koyama S* (Co-first) et al. Synergy of radiotherapy and PD-1 blockade in Kras-mutant lung cancer. JCI insight 2016;1(9):e8741.
  4. Koyama S, Akbay EA et al. STK11/LKB1 Deficiency Promotes Neutrophil Recruitment and Proinflammatory Cytokine Production to Suppress T-cell Activity in the Lung Tumor Microenvironment. Cancer Res 2016;76(5):999-1008.
  5. Kumanogoh A et al. Class IV semaphorin Sema4A enhances T-cell activation and interacts with Tim-2. Nature. 2002;419(6907):629-33.
  6. Kumanogoh A et al. Nonredundant roles of Sema4A in the immune system: defective T cell priming and Th1/Th2 regulation in Sema4A-deficient mice. Immunity. 2005;22(3):305-16.
  7. Takamatsu H, Kumanogoh A et al. Semaphorins guide the entry of dendritic cells into the lymphatics by activating myosin II. Nat Immunol. 2010 Jul;11(7):594-600.
  8. Kang S, Kumanogoh A et al. Semaphorin 6D reverse signaling controls macrophage lipid metabolism and anti-inflammatory polarization. Nat Immunol. 2018 Jun;19(6):561-570.
  9. Suga Y, Kumanogoh A et al. IL-33 Induces Sema4A Expression in Dendritic Cells and Exerts Antitumor Immunity. J Immunol. 2021;207(5):1456-1467.

臨床検体を用いた解析

臨床検体を用いた免疫学的薬物動態に基づくチェックポイント阻害薬 (抗PD-1/PD-L1抗体) の 感受性に関わる免疫学的因子の探索

これまで小山らは肺癌・悪性中皮腫・脳腫瘍などの様々な手術検体を用いて、腫瘍内に存在する様々な免疫細胞集団について網羅的に評価する系を樹立し報告してきた(文献1,2,3)。手術検体を用いた解析ではサイズとして十分な組織を評価できるのに対して、内科的治療による経時的変化をモニターすることに関しては適応できないという問題点がある。さらに皮膚癌、耳鼻科・消化器領域の癌では治療前後の組織回収を行うことが可能である一方、胸部悪性腫瘍や脳腫瘍に関しては、免疫療法後に生検検体よりも大きいサイズの検体を回収することは非常に難しいのが実情である。このような背景から血液や体腔液を中心に解析する研究を開始した。体腔液を用いた最初の報告では、抗PD-1抗体による治療をうけて最初に奏功してから再燃した患者由来の検体を検討し、獲得耐性に関わるPD-1以外のチェックポイント分子発現の亢進について明らかにした(日本語の総説を参照頂きたい http://leading.lifesciencedb.jp/7-e004)。

本邦では2016年から非小細胞肺癌に対する最初の免疫チェックポイント阻害薬の治療が保険収載され、現在では4種類の抗PD-1/PD-L1抗体が実臨床で使用可能となっている。当科にて免疫療法をうける患者様については、非常に多くの方にご協力を頂き、同意のもと血液の余剰分を検体として保存している。さらに当科の関連施設である国立刀根山医療センター・大阪国際がんセンター・羽曳野医療センターなどからも検体の提供を頂き、多施設共同研究として検体の集積および免疫解析を進めている。免疫チェックポイント阻害剤の基礎的研究背景については、本研究室ホームページの呼吸器疾患トピックスを参照頂きたい(http://www.imed3.med.osaka-u.ac.jp/disease/d-resp01.html)。

非小細胞肺癌患者におけるニボルマブの薬物動態モニタリングとその臨床応用

投薬中止後の薬物動態について、抗PD-1/PD-L1抗体がT細胞に結合するという性質を利用して評価する系を樹立した(文献4)(https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2018/20181004_1, http://www.imed3.med.osaka-u.ac.jp/disease/d-resp04.html)。この手法を用いて、現在各症例ベースに治療効果や副作用がどのように発現するのかそのメカニズムに関しても研究を進めている。

気管支肺胞洗浄液を用いた肺癌微小環境の免疫解析によるニボルマブ効果予測因子の探索

ニボルマブ投与前に腫瘍局所から採取した気管支肺胞洗浄液(BALF)を用いて、抗PD-1抗体奏効例と非奏効例の比較検討を行った(文献 5)。その結果、奏効例ではBALF中のCXCL9濃度が有意に高く、この違いは血清では認められなかった。したがって、BALFは血清よりも腫瘍局所の免疫状態を正確に反映している可能性が考えられた。また、BALF検体を用いて気道菌叢の解析を行ったところ、奏効例では気道菌叢の多様性が有意に高いことが分かった。マウスモデルの検討においては、気道菌叢の多様性がCXCL9の濃度と関連している可能性が示唆された。

好中球活性化制御分子のヒト肺癌における抗腫瘍免疫応答への関与の解明

好中球は免疫応答のトリガーとしての役割を有する一方で、腫瘍環境においては免疫を抑制する機能をもつ細胞(Myeloid derived suppressor cells)としての機能を持つことが知られている。我々はこれまで、好中球が免疫チェックポイント阻害療法の獲得耐性に関与していること(文献 1,6)、セマフォリンが好中球チェックポイントとしても機能すること(文献 7)を示した。これらの結果を踏まえ、好中球の機能を調整するセマフォリン等の活性化制御分子の発現が、これまで示されていない長期的な抗腫瘍免疫(メモリーT細胞等)へ与える影響を解明し、新たなバイオマーカーや治療標的としての意義を検討している。

文献
  1. Akbay EA*, Koyama S* (Co-first) et al. Interleukin-17A Promotes Lung Tumor Progression through Neutrophil Attraction to Tumor Sites and Mediating Resistance to PD-1 Blockade. J Thorac Oncol 2017 May 6. pii: S1556-0864(17)30350-7.
  2. Plant AS, Koyama S et al. Immunophenotyping of pediatric brain tumors: correlating immune infiltrate with histology, mutational load, and survival and assessing clonal T cell response. J Neurooncol 2018 Apr;137(2):269-278.
  3. Chongsathidkiet P*, Jackson C*, Koyama S* (Co-first) et al. Sequestration of T-cells in bone marrow in the setting of glioblastoma and other intracranial tumors. Nat Med 2018 Sep;24(9):1459-1468.
  4. Osa A, Uenami T, Koyama S* (Corresponding), Fujimoto K et al. Clinical implications of monitoring nivolumab immunokinetics in non-small cell lung cancer patients. JCI Insight 2018 Oct 4;3(19). pii: 59125.
  5. Masuhiro K, Koyama S, Kumanogoh A et al. Bronchoalveolar lavage fluid reveals factors contributing to the efficacy of PD-1 blockade in lung cancer. JCI Insight. 2022 May 9;7(9):e157915.
  6. Koyama S, Akbay EA et al. STK11/LKB1 Deficiency Promotes Neutrophil Recruitment and Proinflammatory Cytokine Production to Suppress T-cell Activity in the Lung Tumor Microenvironment. Cancer Res 2016;76(5):999-1008.
  7. Nishide M, Kumanogoh A et al. Semaphorin 4D inhibits neutrophil activation and is involved in the pathogenesis of neutrophil-mediated autoimmune vasculitis. Ann Rheum Dis. 2017 Aug;76(8):1440-1448.

新規がん免疫療法の開発

マウスを用いた基礎研究で解明されたこと、臨床検体を用いた解析で解明されたことを用いて、新たながん免疫療法の開発に取り組んでいる。現在は大塚製薬との共同研究講座において、細胞医療への応用を進めている(http://www.comit.med.osaka-u.ac.jp/jp/project/projectA02.html