大阪大学大学院医学系研究科
呼吸器・免疫内科学
Department of Respiratory Medicine and Clinical Immunology, Graduate School of Medicine, Osaka University
抗リン脂質抗体は、”細胞膜のリン脂質”もしくは”リン脂質と蛋白質との複合体”に対する自己抗体の総称である。抗リン脂質抗体が検出される中で、習慣性流産や動脈系・静脈系の血栓症を反復する病態を抗リン脂質抗体症候群 Anti-phospholipid syndrome(APS)という。血中に抗カルジオリピン抗体やループスアンチコアグラント(LAC)などの自己抗体が検出される。
本邦では全国的な疫学調査が行われておらず、疫学の実態は不明である。全身性エリテマトーデス(SLE)に合併して現れることが多いことから、好発年齢、性差もSLEに類似する傾向がある。SLEに合併する症例では、自己抗体が検索される機会が多いことから本疾患の存在に気付かれやすい。一方、SLE症状を欠く場合、脳梗塞などだけでは自己抗体の検索をされないことも多いと懸念されるため、実数は予想より多い可能性もある。
これらの自己抗体が血栓症をひき起こす機序としては以下のように考えられている。血管内で容易に血栓が形成されないようにリン脂質依存性凝固反応を抑制しているβ2-GPⅠ(glycoproteinⅠ)をこれらの抗体が阻害する、血管内皮細胞のヘパラン硫酸やトロンボモジュリンに作用し血管内皮障害を引き起こす、血管内皮細胞からのプロスタグランジン産生を障害し血管拡張を妨害する、プロテインCの活性化を阻害する、などが考えられている。
全身での血栓症が問題となる。下肢の深部静脈血栓症を起こす例が多いが、動脈系が侵されて脳梗塞としてあらわれることもある。妊娠中の胎盤内血栓により、10週以降での胎児死亡や胎盤機能不全、10週未満で3回以上連続して流産を起こす習慣性流産に至ることがある。こうした血栓症や妊娠合併症以外にも診断基準外(extra-criteria)症状として、抗リン脂質抗体関連腎症、心臓弁膜症、血小板減少症、溶血性貧血、神経症状(脊髄炎、舞踏病、片頭痛)、網状皮斑、表層性静脈血栓症などが現れることがある。
血栓形成に伴い血小板減少やFDPの上昇がみられる。静脈系や動脈系の血栓症の有無を静脈エコーや造影CTなどで検索する。
抗カルジオリピン抗体(aCL)には、カルジオリピンとβ2-glycoproteinⅠとの複合体に結合する抗体(aCL-β2GPⅠ)と、β2-glycoproteinⅠを必要としない2種の抗体があることが判明している。ポリクローナルなグロブリン産生が亢進した疾病では後者のことがあるが、APSで血栓形成に関与するのはaCL-β2GPⅠの方と考えられている。ループスアンチコアグラント(LA)は、リン脂質依存性の凝固反応を阻害する自己抗体である。ループスアンチコアグラントの半数は、凝固因子の第Ⅴ因子、第Ⅹ因子、細胞膜リン脂質とで反応するprothrombin activator complexに働いて活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)の延長をひき起こす。
特にSLEのフォロー中に血小板減少を見た場合、SLEに伴う血球異常の一所見なのか、APSによる血小板の消費性減少なのかを鑑別することは、治療方針決定(ステロイド増量なのか抗凝固療法強化なのか)に重要である。
血液検査でLAなどが検出されても、血栓症症状あるいはその既往がないことも多く、抗体検出のみの場合はAPSと診断されない。診断には2006年札幌基準シドニー改変を用いる。
臨床基準1項目以上かつ検査項目1項目以上で診断する。
1 血栓症 |
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画像診断、あるいは組織学的に証明された明らかな血管壁の炎症を伴わない動静脈あるいは小血管の血栓症(どの組織、臓器でもよい。過去の血栓症も診断方法が適切で明らかな他の原因がない場合は含める。表層性の静脈血栓は含まない)。 |
2 妊娠合併症:以下のいずれか。 |
①妊娠10週以降で他に原因のない正常形態胎児の死亡。 |
②子癇、重症の妊娠高血圧腎症(子癇前症)、若しくは胎盤機能不全による妊娠34週以前の正常形態胎児の早産。 |
②3回以上つづけての、妊娠10週以前の流産(ただし、母体の解剖学的異常、内分泌学的異常、父母の染色体異常を除く)。 |
1 | International Society of Thrombosis and Hemostasisのガイドラインに基づいた測定法で、ループスアンチコアグラントの検出。 |
2 | 標準化されたELISA法において、中等度以上の力価(>40 GPL or MPL、または>99パーセンタイル)のIgG又はIgM抗カルジオリピン抗体の検出。 |
3 | 標準化されたELISA法において、中等度以上の力価の(>99パーセンタイル)のIgG又はIgM抗β2-GPI抗体の検出。(本邦では抗β2-GPI抗体の代わりに、抗カルジオリピンβ2-GPI複合体抗体を用いる) |
エントリー基準 | ||
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臨床領域のいずれか一つ以上が存在し、3年以内にループスアンチコアグラント、中~高力価のカルジオリピン抗体、抗β2GPI抗体(IgG、IgM)のいずれか陽性で点数計算する。各領域で最大点数のみ合計。ただし、抗リン脂質抗体症候群以外で説明できる臨床症状は含まない。 | ||
判定 | ||
臨床領域で3点以上かつ検査領域で3点以上の場合に抗リン脂質抗体症候群とする。 | ||
臨床領域 | ||
D1 中~大血管(静脈血栓塞栓症) | 高リスクプロファイルでの血栓症 | 1 |
高リスクプロファイルなしでの血栓症 | 3 | |
D2 中~大血管(動脈血栓症) | 高リスクプロファイルでの血栓症 | 2 |
高リスクプロファイルなしでの血栓症 | 4 | |
D3 微小血管 | 疑い(分枝状皮斑、リベド血管症、抗リン脂質抗体腎症、肺胞出血) | 2 |
確立した(病理組織でのリベド血管症、急性/慢性抗リン脂質抗体人症、BALで示された肺胞出血、画像上確定した心筋疾患、副腎出血) | 5 | |
D4 産科 | 連続 3 回以上の胎児死亡 (10週未満) および/または早期 (10~16週) 胎児死亡 | 1 |
重度な子癇前症や胎盤機能不全のない1回以上の胎児死亡 (16~34 週) | 1 | |
胎児死亡の有無にかかわらず、重度な子癇前症(34週未満)、または重度な胎盤機能不全(34週未満) | 3 | |
胎児死亡の有無にかかわらず、重度な子癇前症かつ重度な胎盤機能不全(34週未満) | 4 | |
D5 心臓弁 | 弁の肥厚 | 2 |
疣贅あり | 4 | |
D6 血液 血小板数 | 減少なし、あるいは未検査 | 0 |
血小板減少症 (20~130×103/μl) | 2 | |
検査領域 | ||
D7 凝固ベースの機能アッセイによる抗リン脂質抗体(aPL)検査(ループスアンチコアグラント) | 一度だけ陽性 | 1 |
持続的に陽性 | 5 | |
D8 標準ELISAでのaPL検査: IgG/IgM 抗カルジオリピン抗体(aCL)、およびELISAでの IgG/IgM 抗β2 GPI抗体(持続性) ELISA測定で中力価は40~79U、高力価は>80U | 中等度または高度陽性 (IgM単独) (aCLおよび/または抗β2GPI) | 1 |
中程度の陽性 (IgG) (aCL および/または抗β2GPI) | 4 | |
高度陽性 (IgG) (aCLまたは抗β2GPI) | 5 | |
高度陽性 (IgG) (aCLおよび抗β2GPI) | 7 |
静脈血栓塞栓症(他の理由で説明できず、適切な検査で確認されたもの)は肺塞栓症、脚/腕の深部静脈血栓症、内蔵血栓症、腎静脈血栓症、脳静脈血栓症、網膜静脈血栓症/閉塞など。
静脈血栓塞栓症高リスクプロファイルは、タイムライン/重症度が血栓症に関連している場合、主要な静脈血栓塞栓症リスク因子1つ以上、または、軽微なリスク因子2つ以上、で定義する。
主要な静脈血栓塞栓症危険因子(イベント発生時点で次のいずれか):
a | 治療を受けていない、または治療を受けていない活動性悪性腫瘍、ホルモン療法を含む治癒治療が継続中、またはイベント発生時に治療を受けたにもかかわらず再発/進行している。 |
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b | イベント前3か月以内に、急性疾患で少なくとも3日間寝たきりで入院した場合(トイレのみ)。 |
c | イベント前1か月以内に骨折または脊髄損傷を伴う重度の外傷を有する。 |
d | イベントの3か月前以内に30分を超える全身/脊椎/硬膜外麻酔手術。 |
軽度の VTE 危険因子(イベント発生時に以下のうち 2 つ以上):
a | 現在の推奨事項による疾患活動性測定を使用する活動性の全身性自己免疫疾患または活動性炎症性腸疾患。 |
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b | ガイドラインに従った急性/活動性の重篤な感染症(敗血症、肺炎、SARS-CoV-2など)。 |
c | 同じ血管内の中心静脈カテーテル。 |
d | ホルモン補充療法、エストロゲンを含む経口避妊薬、または継続的な体外受精治療。 |
e | 長距離旅行(8時間以上)。 |
f | 肥満(体格指数(BMI)≧30kg/m²) |
g | 妊娠中または出産後6週間以内の産褥期。 |
h | 上記にカウントされない長期の動けない状態、たとえば、可動性の低下に伴う脚の損傷、または少なくとも3日間の病院外での寝たきり。 |
i | イベントの3か月前以内に30分未満の全身/脊椎/硬膜外麻酔による手術。 |
動脈閉塞(他の理由で説明できず、適切な検査によって確認されたもの)は心筋梗塞(冠動脈血栓症)、末梢動脈血栓症、内臓動脈血栓症、網膜動脈血栓症、国際定義に基づく脳卒中やその他の臓器梗塞など。
心血管疾患(CVD)高リスクプロファイルは、イベントに関連している場合、高CVDリスク因子1つ以上、 または、中等度CVDリスク因子3つ以上、で定義する。
高いCVD危険因子(イベント発生時に以下のいずれか):
a | 収縮期≧180mmHgまたは拡張期≧110mmHgの高血圧症。 |
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b | 3か月以上eGFRが60mL/分以下の慢性腎臓病。 |
c | 臓器障害または罹患期間が長い糖尿病(1型は20年以上、2型は10年以上)。 |
d | 総コレステロール ≥310 mg/dL (8 ミリモル/リットル)、または低密度リポタンパク質 (LDL) コレステロール > 190 mg/dL (4.9 ミリモル/リットル) の高脂血症(重度)。 |
中等度の CVD 危険因子(イベント発生時に以下のうち 3 つ以上):
a | 治療中の動脈性高血圧、または持続性収縮期血圧≧140 mm Hgまたは拡張期血圧≧90 mm Hg。 |
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b | 現在の喫煙。 |
c | 臓器障害がなく、罹患期間が短い糖尿病(1型<20年、2型<10年)。 |
d | 治療中の高脂血症(中等度)、または総コレステロールが正常範囲を超えて310 mg/dL(8ミリモル/リットル)未満、またはLDLコレステロールが正常範囲を超えて190 mg/dL(4.9ミリモル/リットル)未満である。 |
e | 肥満(BMI≧30kg/m²)。 |
治療は血栓予防に努める。SLE合併症例ではSLEに対する加療が必要であるが、APS単独の場合はcatastrophic APSを除いて原則的にステロイド剤は使用されない。肺動脈血栓症の場合、右心負荷(心電図ではV1-V3陰性T波)の評価を行うとともに巨大血栓が肺動脈を閉塞すると突然死をおこしうるため、下大静脈フィルター挿入や血栓除去術なども考慮する。
2011年、第13回抗リン脂質抗体国際会議で以下の予防的治療が推薦されている。抗リン脂質抗体陽性患者は外科手術、長期臥床、産褥期などの高リスク状況下では低分子ヘパリンによる血栓予防を行う。SLE患者でループスアンチコアグラント陽性、あるいは抗カルジオリピン抗体が中-高値陽性の場合はSLEの加療とともに低用量アスピリン内服。APS確定で静脈血栓症の既往がある場合はワーファリン服薬(PT-INR = 2.0-3.0)。APS確定で動脈血栓症の既往がある場合はワーファリン服薬(PT-INR>3.0)、あるいは抗血小板薬+ワーファリン服薬(PT-INR= 2.0-3.0)。などとされているが、海外からの報告では虚血性心疾患や血栓症の高リスク患者が多く、日本とは状況がやや異なると思われる。
抗リン脂質抗体陽性における血栓症の一次予防 |
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抗リン脂質抗体症候群における血栓予防 |
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産科APS |
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CAPS |
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1985年にHarris ENらが、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)の31%に抗カルジオリピン抗体を検出することを報告しているが、2001年にDiz-Kucukkaya RらはITPと診断された症例のうち抗リン脂質抗体陽性であれば61%、陰性であれば2.3%に血栓症がみられたと報告し、抗リン脂質抗体が存在するとITPであっても血栓症を発症することを指摘した。逆に、抗リン脂質抗体症候群の26%に血小板減少がみられ、2次性ITPの鑑別としてヘリコバクター・ピロリ菌などの検査とともに、抗リン脂質抗体の検査が重要とされる。
抗リン脂質抗体陽性であれば、血小板が少ないにも関わらず逆説的に血栓症のリスクが生じることより、Atsumi Tらは、抗リン脂質抗体関連血小板減少症という亜群を提案し注意を喚起している。抗リン脂質抗体関連血小板減少症では血小板の減少は軽症のものが多く出血を危惧する値ではないが、逆に、生体内で何らかのトリガーにより血小板が少なくても血栓傾向を生じることがある。血小板の減少に関しては抗リン脂質抗体による血小板の活性化と消費、あるいは、他の抗血小板抗体の存在などが考えられている。
治療は、脳梗塞のような動脈血栓症を伴う場合は抗血小板剤が投与されているが、血栓症を生じていない場合の予防的治療に関しては証拠がない。本症では血小板が少なくても出血と同時に血栓症のリスクもあることに気をつけなくてはならない。
劇症型抗リン脂質抗体症候群は基礎疾患として抗リン脂質抗体症候群(48%)や全身性エリテマトーデス(40%)を有し、感染症や抜歯を含む外科手術や不十分な抗凝固療法などがきっかけで、短期間の間に全身各所に血栓症を次々と起こす予後不良な病態である。抗凝固療法とともに高用量のステロイド、場合によって新鮮凍結血漿を用いた血漿交換などの積極的な治療が必要となる。
1 | 画像検査によって確認された3臓器/組織以上に及ぶ血管閉塞の臨床証拠。腎病変では50%以上の血清クレアチニン上昇、重篤な高血圧(>180/100mmHg)または尿蛋白(>500mg/日)などで定義する。 |
2 | 同時あるいは1週間以内に発症。 |
3 | 少なくとも一臓器での小血管閉塞を組織診断で確認。組織診断では血管炎が併存してもよいが、明らかな血栓症がなければならない。 |
4 | ループスアンチコアグラントや抗カルジオリピン抗体などの抗リン脂質抗体の存在の確認。過去にAPSと診断されていない場合はAPS診断基準に従って、抗リン脂質抗体が少なくとも6週間隔をあけて2回以上検出されなければならない。 |
救命には早期診断と集中した治療が必要であるが、死亡率(約30%)の高い病態である。基礎にある感染症などの増悪因子の治療にも関わらず進展するばあいはヘパリン点滴に加えて高用量ステロイドを使用、生命が脅かされる場合はヘパリン点滴と高用量ステロイドにIVIG(0.4g/kg/dayを4~5日間)かつ/または新鮮凍結血漿を用いた血漿交換(2~3Lを3~5日間)を併用する。反応に乏しい場合はシクロフォスファミド(SLEの再燃の場合)、リツキシマブ(重篤な血小板減少を伴う場合)、プロスタサイクリン(5ng/kg/minを7日間)、線維素溶解剤(ウロキナーゼやtPAなどは致命的な難治例のみで考慮される)、血小板凝集阻害剤なども考慮される。36歳以上、SLE、肺病変や腎病変の合併、抗核抗体陽性などでは死亡率が高かったという報告がある。主な死亡原因では脳梗塞、次に心筋梗塞と感染症が続く。